なぜ「怒り」が止まらないのか?—自己憐憫の迷路を抜けるための「契約」
- 有希子 戸部
- 1月2日
- 読了時間: 3分
こんにちは、こころのクリニック桜が丘の戸部です。
日々診察室で皆さんと向き合う中で、お薬だけではどうしても解決の糸口が見えにくい「心の苦しみ」があることを痛感しています。
今日は、その代表的な例である「自己憐憫(じこれんびん)」と「怒り」のメカニズム、そしてなぜそこに「有料のカウンセリング」という枠組みが必要なのかをお話しします。
1. 「自己憐憫」という心の防衛
「自分は世界で一番不幸だ」「誰も私の苦しみをわかってくれない」
こうした自己憐憫は、あまりに辛い現実から心を守るための防衛反応です。しかし、この感情は強力な磁力を持っており、一度ハマると「自分は被害者である」という物語の中に閉じこもってしまいます。
2. 自己憐憫から「怒り」への転換
悲しみや惨めさは、耐え続けるのが非常に苦しい感情です。すると心は、自分を守るためにそのエネルギーを「怒り」へと転換させます。「社会が悪い、病院が悪い」という怒りは、一時的に自分を強く感じさせてくれますが、根底にある悲しみが癒えていないため、いくら怒っても心が晴れることはありません。
3. 過剰な要求と、治療関係の破壊
この怒りは、しばしば治療者(医師やスタッフ)に向けられます。「もっと特別に扱ってほしい」「すぐになんとかしてほしい」といった過剰な要求に姿を変えるのです。
しかし、周囲がどれだけ尽くしても、本人の心にある枯渇感は埋まりません。結果として周囲が疲弊し、せっかくの治療関係が壊れてしまうという悲しい結末を招くことがあります。
4. 診察だけでは限界がある理由
お薬(薬物療法)は「波を穏やかにする」ことはできますが、「なぜいつも同じ場所で座礁してしまうのか」という航海術(生き方)を教えることはできません。 診察の数分間では、長年積み重なった思考のクセを書き換えるには時間が足りないのです。
5. なぜカウンセリングは「有料」でなければならないのか
当院のカウンセリングは、保険診療の枠外(自費)で行っています。これには大切な「治療上の理由」があります。
• 「対等な契約」であること:
無料や安価すぎる設定は、無意識のうちに「助けてもらう側」と「助ける側」という依存関係を強めてしまいます。費用を支払うことは、「自分の人生を自分で変える」という意志表明(契約)であり、治療者と対等な立場で取り組むための土台になります。
• 「過剰な要求」への境界線:
自己憐憫の中にいると、際限なく「もっと」を求めてしまいがちです。「決められた時間」に「決まった対価」を払って受けるカウンセリングは、自分と他人の境界線を学び、現実的な人間関係を築くトレーニングそのものなのです。
• 自分自身への投資:
「自分のためにコストをかける」という行為自体が、「自分にはそれだけの価値がある」と認める自己肯定のプロセスになります。
6. 根気強いプロセスが「自由」を連れてくる
カウンセリングは、魔法ではありません。自分の弱さと向き合う、根気のいる作業です。
しかし、専門家という鏡を通して、「被害者」ではなく、自分の人生の「責任者」として立ち上がること。このプロセスを、時間をかけて丁寧に行うことでしか、本当の意味での回復はありません。


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