「前の病院で良くならなかった」あなたへ。転院を考える前に知ってほしい、当院の治療方針と「魔法の杖」の話。
- 有希子 戸部
- 12月14日
- 読了時間: 7分

こんにちは。院長の戸部です。
おかげさまで、昨年11月のオープン以来、東大和市周辺だけでなく、遠方からも大変多くの患者様にご来院いただいております。
多くのクリニックの中から当院を選んでくださったこと、まずは心より感謝申し上げます。
今日は、これから当院への受診、特に「転院」を考えていらっしゃる方に向けて、少し長くなりますが、とても大切なお話をさせてください。
それは、「病院を変えれば、劇的に良くなるのか?」というお話です。
日々診察室に座っていると、切実な思いを抱えた患者様に出会います。
「前の先生は話を聞いてくれなかった」
「薬を出されただけで、ちっとも良くならなかった」
「ここに来れば、もっと良い治療法があるんじゃないか」
そのお気持ち、痛いほどよく分かります。心がつらい時、私たちはどうしても「ここではないどこか」に救いを求めてしまいます。
ですが、だからこそ、私はあえて「耳の痛い真実」を最初にお伝えしておこうと思います。
これは、あなたが「青い鳥(理想の医療)」を探してドクターショッピングという迷路に迷い込まないための、私なりの処方箋です。
1. 精神科医は「魔法使い」ではなく「登山ガイド」です
転院を希望される患者様の中には、無意識のうちに「魔法の杖」を探している方がいらっしゃいます。
「先生が変われば、画期的な新薬が出て、魔法のように朝スッキリ起きられるようになるんじゃないか」
そんな期待です。
でも、残念ながら現代医学に魔法の杖はありません。
あるのは、地道な「標準治療」だけです。
治療を「山登り」に例えてみましょう。
「病気が治る(寛解する)」という状態が、山頂だとします。
私たち医師の役割は、あなたを背負って空を飛び、山頂まで運んであげることではありません。それは魔法使いの仕事です。
医師の本当の役割は、「登山ガイド」です。
• 「こちらのルートは崖崩れがあって危険ですよ(=その生活習慣は悪化しますよ)」と警告する。
• 「今は天候が悪いから、テントを張って休みましょう(=休職して休息しましょう)」と判断する。
• 「足を痛めない靴を用意しましょう(=症状を緩和する薬を使いましょう)」と道具を渡す。
これが医師の仕事です。
実際に一歩一歩、自分の足で山を登らなければならないのは、患者様ご自身なのです。
「前のガイド(医師)は、私を背負ってくれなかった」と怒る方がいらっしゃいますが、どの名ガイドに変えても、あなたを背負って登ることはできません。
当院も同じです。私はあなたを背負えませんが、「安全な登り方」と「正しい地図」をお渡しすることはできます。
魔法ではなく、現実的な登り方を一緒に考える場所、それが当院です。
2. 「前の先生と同じ薬」は、ガッカリすることですか?
「転院してきたのに、出された薬が前の病院と一緒だった! ガッカリした!」
そんなお声を耳にすることがあります。
せっかく病院を変えたのだから、聞いたこともないような「特別な特効薬」を出してほしい。そのお気持ちは分かります。
ですが、医学的な視点から言えば、「前の先生と同じ薬になった」というのは、実は「とても良いニュース」なのです。
これは「料理」に例えると分かりやすいかもしれません。
あなたが「美味しいカレーライス」を食べたいとします。
一流のシェフが作るカレーのレシピは、ある程度決まっています。玉ねぎを炒め、スパイスを使い、肉や野菜を煮込む。これが「王道(=標準治療)」です。
もし、新しいシェフが「前の店と同じじゃつまらないだろう」と言って、チョコレートと納豆とイチゴを入れた奇抜なカレーを出してきたらどうでしょう?
「珍しい」かもしれませんが、おそらく美味しくありませんし、お腹を壊すかもしれません。
医療も同じです。
世界中の医学会が「この症状には、まずこの薬を使いましょう」と決めたガイドライン(王道のレシピ)が存在します。
前の先生がその薬を出していたなら、それは「医学的に正しい王道の治療」を受けていたという証明です。
私が診察して、やはり同じ薬をご提案したとしたら、それは「手抜き」ではありません。
「前の先生の判断は正しかった。そして、私もその正しさを支持します」という、セカンドオピニオンとしての保証なのです。
奇抜な治療は、時には危険を伴います。
当院は、退屈かもしれませんが、安全で確実な「王道のレシピ(標準治療)」を大切にするクリニックです。
3. 「話を聞く」ことと「世間話」の違い
「前の先生はパソコンばかり見て、全然話を聞いてくれなかった」
この不満もよくお聞きします。
もちろん、目も合わせないような診療は論外ですが、ここで一つ誤解を恐れずに申し上げたいことがあります。
それは、医師が聞く「話」と、ご友人が聞く「話」は、目的が全く違うということです。
これは「事件現場の刑事」に例えられるかもしれません。
あなたが事件(病気)の被害者だとして、刑事に話を聞いてもらう場面を想像してください。
あなたが「怖かった気持ち」や「犯人への怒り」を話している最中に、刑事がいきなり、
「で、犯人の身長は何センチくらいでしたか? 凶器は見ましたか?」
と遮って質問してきたら、どう思いますか?
「冷たい! 私の気持ちより犯人の身長が大事なの?」と思うかもしれません。
ですが、刑事が情報を遮ってまで質問するのは、「犯人(病気の原因)を特定し、逮捕(治療)するため」です。
ただ相槌を打って「大変でしたね」と何時間聞いていても、犯人は捕まりません。
私たち医師も同じです。
あなたの辛いお気持ちを受け止めつつも、頭の中では常に、
「睡眠は取れているか?」
「食欲の低下はいつからか?」
「希死念慮(死にたい気持ち)の波はどうか?」
という医学的な証拠を探しています。
限られた診療時間の中で、的確な診断を下すために、あえてお話の主導権を握らせていただくことがあります。
「話を変えられた」と感じるかもしれませんが、それは「あなたの病気を治すための手がかり」を必死に探している瞬間だと思ってください。
4. 「優しさ」と「甘やかし」は違います
最後に、私が一番大切にしている、けれど一番誤解されやすいことについてお話しします。
それは、「治療のための厳しい言葉」についてです。
「前の先生に『お酒をやめないと薬は出せない』と冷たく言われた」
「『生活リズムを直せ』と怒られた」
傷ついたそのお気持ちは分かります。弱っている時に厳しい言葉は刃物のように刺さりますよね。
でも、その先生は本当に「冷たい」だけだったのでしょうか?
これは「スポーツジムのパーソナルトレーナー」だと思ってください。
あなたが「腰が痛いから治したい」と言ってジムに来たとします。
トレーナーがニコニコして、
「痛いですよね、分かります。じゃあ今日はトレーニングはやめて、ケーキでも食べてゴロゴロしましょう。その姿勢のままでいいですよ、あなたは何も悪くないですからね」
と、全肯定してくれたらどうでしょう?
その時は心地よいかもしれませんが、腰痛は一生治りません。
本当に良いトレーナーなら、
「その座り方は腰に悪いです。痛くても姿勢を直しましょう」
「お菓子を減らして、この運動をやってください」
と、耳の痛いことを言うはずです。
なぜなら、それが「あなたを本当に治すための唯一の方法」だからです。
精神科の治療も同じです。
「眠れない」と訴える患者様が、寝る直前までスマホを見ていたり、カフェインを摂っていたりすれば、私は医師として「それをやめましょう」とお伝えします。
時には、ご自身が目を背けたい現実(お酒の問題、家族関係、働き方の無理など)に向き合っていただくこともあります。
それは、あなたを責めているのではありません。
あなたが回復し、再び笑顔で生活できるようになるために、避けて通れない道だからです。
当院では、ただ「よしよし」と慰めるだけの診療は行いません。
それは一時的な麻酔にはなっても、根本的な治療にはならないからです。
時に厳しく聞こえるアドバイスも、「本気で良くなってほしい」という私からのエールだと受け取っていただければ幸いです。
最後に:私たちは「チーム」です
長文にお付き合いいただき、ありがとうございました。
いろいろと厳しいことも書きましたが、私が伝えたいことはたった一つです。
「医療は、医師と患者様の共同作業(チームプレイ)」だということです。
医師というガイドが地図を持ち、患者様という登山者が歩く。
時には厳しいルートもあるけれど、信頼して一緒に歩んでいく。
そうやって初めて、私たちは「回復」という山頂にたどり着くことができます。
「魔法の杖」はありませんが、あなたと一緒に悩み、医学的な知見から最善のルートを考える準備は、いつでもできています。
もし、このブログを読んで「なるほど、そういう治療方針なら合っているかもな」と思っていただけたなら、ぜひご相談ください。
私たちは、真剣に治したいと願うあなたの、一番の味方でありたいと思っています。
こころのクリニック桜が丘
院長 戸部 有希子




コメント